ベクトル磁気特性測定

技術コラム

高効率モータ実現のためにベクトル磁気特性解析技術の重要性を情報発信したいと考えています。
この技術コラムは、過去のメルマガコラムに記載した「ベクトル磁気特性解析」関連の内容を元に編集してまとめています。

目次
  1. ベクトル磁気特性解析技術 -プロローグ―
  2. トップランナー方式とIE4
  3. インバータ技術と省エネ
  4. 体格を大きくすればIE3になるの?
  5. 電磁鋼板は優れもの
  6. 電磁鋼板のベクトル磁気特性に注目
  7. 鉄損を測定する
  8. 鉄損をシミュレーションにより求める方法
  9. プライザッハモデル -ヒステリシスシミュレーション-
  10. E&Sモデル -プライザッハモデルとの違い-
  11. 高速回転モータの現状と技術課題
  12. ビルディングファクタ
  13. 磁気測定器メーカとのコラボレーション
  14. ダイナミックE&Sへの展開
  15. ベクトル磁気特性の見える化
1.ベクトル磁気特性解析技術 -プロローグ―

省エネを目指す国のトップランナー施策で、2015年4月からモータメーカは効率規格IE3をクリアした製品しか出荷出来なくなったようです。でも現実は日本で運用されているモータの9割程度がIE1だそうです。欧米では早くから規制が実施された事もあり、IE3モータは広く普及しており、ドイツのモータ技術展ではIE4、IE5と先駆的な紹介が多くあったと、榎園先生から報告がありました(2015年秋時点)。この榎園正人教授(大分大学名誉教授、現在ベクトル磁気特性技術研究所代表)がベクトル磁気特性技術を主導されています。この技術コラムでも多数研究所の情報を引用させていただきます。

日本ではインバータ技術(制御)で効率は向上したようですが、モータ本来の効率化はあまり注力されなかったようです。IE3モータでも体格を大きくして対応した例もあるのに対して、欧米は小さいモータで高効率に挑戦しているようです。お値段は高くなるけど、当然ですといった毅然とした態度です。

さらにIE4になりますと、モータ本来の効率化をしなければ難しく、そこで出てくるのが鉄損低減と、ビルディングファクタの改善です。鉄損の中でもヒステリシス損低減のために必要なのが、ベクトル磁気特性解析技術です(やっとつながりました)。

えっ何でそうなるの?て所を、これからこの技術コラムに書いていこうと思います。多少正確でないところもありますので、さらっと気に留めていただければと思います。

ベクトル磁気特性技術研究所

Fig1 ベクトル磁気特性技術研究所

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2.トップランナー方式とIE4

トップランナー方式とは省エネを目指す国の施策方針です。電力消費の多い機器ごとに、基準設定する時点で最も優れた性能(トップランナー)以上を目指すという指針です。機器には乗用車、貨物車、エアコン、TV、ビデオ等と30数種類あります。その中に3相誘導電動機というのがあります、これが多くの産業で使用されているモータです。国内電力消費量の半分以上がモータで消費されている事を考えれば、対策は急務です。

IE4はモータ効率レベルの国際規格です。IE1(標準効率)、IE2(高効率)、IE3(プレミアム効率)、IE4(スーパープレミアム効率)と続きます。試算では国内モータが全てIE4に置き換われば、国内消費電力が1.5%減り、CO2の排出も抑えられるそうです。とても重要です。

日本で高効率モータが普及していない理由は、それを採用すると装置のお値段が高くなるし、効率を上げるために体格が大きくなってセットできなくなったり、回転数が上がり減速機や配線容量を再設計したりとユーザがあまり乗り気でなかったので、モータメーカも注力しなかったようです。でも、輸出できなくなるのだから深刻です(中国も規制始めたようですし)。

IE4開発が何故難しいか、ベクトル磁気特性解析がどのように役に立つかを、展開していこうと思います。

産業用モータ

Fig2 産業用モータ

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3.インバータ技術と省エネ

インバータ技術による省エネ効果について簡単にお話します。モータのステータ励磁コイルに交流を流して、内部に空間的に回転する磁界を発生させますと、内部に配置した電磁石がそれに追随して回転します、これがモータの回転する仕組みです(の一つです)。出力を大きくしたい時は高速回転し、出力が少なくていい時は低速回転できれば、省エネ運転が可能です。この時、交流電流の周波数を自由に切り替える技術が、インバータ技術です。実際には直流電流を小さく刻み、指定周波数の電流波形に成形する制御技術です。インバータ技術が無い時は、交流の周波数は一定だったので、電流のオン/オフを繰り返して出力を制御していました。ダッシュ・休みを繰り返すより、たまにはジョギングでゆっくり走った方が、体力の消耗も少ないイメージです。インバータ技術によって、エアコンの電気代がぐんと減りました、本当に素晴らしい省エネ技術です。

でも、モータ本体の効率化が出来れば、少ない電力でマラソンランナーのように常にハイスピードで走り続けることが出来ると思います。これが高効率IE4モータです。そのために、無駄に消費されるエネルギーを小さくする=鉄損を低減する技術開発が必要になります。

インバータのスイッチングとモータの回転スピード

Fig3 インバータのスイッチングとモータの回転スピード

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4.体格を大きくすればIE3になるの?

「1.プロローグ」で「IE3モータでも体格を大きくして対応した例もあるのに対して、欧米は小さいモータで高効率に挑戦しているようです」と書きましたが、この意味についてのお話です。

ざっくりした説明ですが、モータの出力は、体格(外径と厚み)、磁気量(磁束密度の大きさ)、電気量(コイルの巻き数と電流値)、回転数(回転スピード)の積になります。出力が同じという条件なら、体格を大きくして、例えば磁気量を小さく出来ます。鉄損はこの磁気量の2剰に比例するので、同じ出力で損失が減る=効率が上がる、というわけです。他には、回転数を上げて磁気量を減らすやり方も考えられます。

上記は一つの対策ですが、「2.トップランナー方式」で書いたように、体格が大きくなってセットできなくなった、回転数が上がり減速機が必要になった、となり注意が必要です。電気自動車など体格が大きく(重く)なったら、燃費が悪くなってしまいかねません。体格を小さくして効率を上げる対策が必要です。その一つが、モータ自体の鉄損を下げる工夫になってくるのです。

モータ出力と体格の関係-1 モータ出力と体格の関係-2

Fig4 モータ出力と体格の関係

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5.電磁鋼板は優れもの

モータやトランスを分解したことありますか?非常に薄い鉄板が積層されています。これらは磁気の作用で機能している機器ですので、磁気が通りやすく、熱損失が少ないのが望ましいです。そこで特別磁気の通りやすい材料として電磁鋼板が開発されました。またこれを薄くすると熱発生の基になる渦電流が流れにくくなります、厚さは0.5~0.2mmが使われています。材質的にも渦電流が流れにくい(鉄損が少ない)工夫がされていて、電磁鋼板の開発でモータの効率は飛躍的に向上しました。

鉄は結晶構造をしていて磁気の通りやすい方向があります、これを磁化容易方向と言います。磁化容易方向がランダムの場合を無方向性電磁鋼板(NO: Non Oriented)。薄鉄板は圧延して作り出しますが、この圧延方向に磁化容易方向を揃えたのが方向性電磁鋼板(GO: Grain Oriented)です。磁気の通る方向が決まっているトランスではGOを、方向が変わるモータではNOが使われます。材料名50A470の50は板厚0.5mmを、470は鉄損が4.7W/kg以下(50Hz、1.5T時)を表します。無方向性電磁鋼板の材料名の鉄損数値は、50Hz、1.5T時で、方向性電磁鋼板の材料名の鉄損数値は、50Hz、1.7T時になります。

おまけの話ですが、溶融状態から超急冷凝固させると非結晶のアモルファス金属が生成されます。鉄を主成分とするアモルファスは、高透磁率、低損失(鉄損が電磁鋼板の1/10)の優れた特性を持っています。ただ薄くて硬い特性の為、トランスでは利用されていますが、複雑な形状のモータでは利用が困難だったようです。最近になって利用例が出てきて、高効率モータへの期待が高まっています。

電磁鋼板

Fig5 電磁鋼板

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6.電磁鋼板のベクトル磁気特性に注目

モータの効率を飛躍的に向上させた電磁鋼板ですが、その著しい進歩のスピードが近年衰えて来たようです。榎園先生は、磁性材料の磁気測定法の問題点と言われています。

ここからベクトル磁気特性の話に飛躍してしまうので、今回はおおざっぱな話に留めます。

従来の磁性材料の磁気測定は、ある方向の磁束密度と磁界強度の関係のみ見ているスカラー磁気特性測定でした。具体的にはエブスタイン試験器や単板磁気試験器が使われます。方向性電磁鋼板では磁化容易方向に対し360度それぞれ測定をすれば異方性は見る事は出来ますが、同一方向の磁束密度と磁界強度の関係を見ていることは同じです。

実際には磁束密度と磁界強度が同一時刻で違う方向を向いています。これがベクトル磁気特性です。モータの内部では回転磁束が発生しますが、それを追い越したり追い越されたりして回転磁界が発生しています。このベクトル関係が分かってくると、電磁鋼板の新たな特性が見えて、利用技術の向上、さらには高効率モータ開発につながると期待されます。一連の技術コラムでは、この重要性を解説したいと思っているわけです。

ちなみに、弊社のベクトル磁気特性解析ソフトμ-E&Sには、NO材として50A470,35H440、GO材として27P90、35G155のベクトル磁気特性データベースが用意され解析する事が出来ます。

磁気測定

Fig6 磁気測定

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7.鉄損を測定する

電磁鋼板の鉄損測定について眺めてみます。代表的な方法としてエプスタイン試験方法と単板磁気試験法があります。電磁鋼板から試料片を切り出して磁束密度・磁界強度・鉄損(ヒステリシスループ面積を使って)を測定する事で、電磁鋼板の磁気特性を測定します。ただしHベクトルとBベクトルが平行な成分を交番磁束正弦波条件の下で測定しているので、一般的に一次元(スカラ)磁気特性と言えます。

ここで注目する測定法は、榎園先生が代表として進められたプロジェクト(JST地域結集研究開発事業「次世代電磁力機器開発技術の構築」2008年から2012年)の成果としての3つ方法です。

第1は2次元ベクトル磁気測定装置です。電磁鋼板の試料に対して圧延方向とそれに直角方向に励磁ヨークを配置し、交番磁束や回転磁束を発生させ磁界強度を測定するものです。これにより電磁鋼板の磁気特性情報はスカラからベクトルへと飛躍します。現在、メトロン技研様がベクトルBHテスターとして商品化しています。第2は探針法&Hコイル法の超小型局所2次元ベクトル磁気センサ装置です。数ミリの大きさまで小型化し、モータステータ構造の任意位置で磁束密度・磁界強度ベクトルと鉄損を測定できます。さらにロータを組込み回転させた状態での分布も得られます。現在、ブライテック様がベクトル磁気特性可視化装置として商品化しています。最後に、サーモグラフィックを利用した鉄損可視化装置です。これは大分県産業科学技術センターで扱っていると思われます。

これら新しい測定技術により電磁鋼板の更なる磁気特性の価値が見えるようになってきています。これからはその価値を有効利用する技術が重要になってくると思われます。

ベクトルBHテスタ 超小型探針付きHコイルセンサ サーモ鉄損可視化装置

Fig7-1 ベクトルBHテスタ

Fig7-2 超小型探針付きHコイルセンサ

Fig7-3 サーモ鉄損可視化装置

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8.鉄損をシミュレーションにより求める方法

今度はシミュレーションにより鉄損を求める方法を眺めてみます。方法1はスタインメッツ式から鉄損計算する方法です。従来の(または現状での)シミュレーション手法の代表格で、通常の磁場解析を行い、得られた最大磁束密度に対して係数をかけて求める方法です。この方法ですと最大磁束密度分布と鉄損分布がほぼ類似しますが、実際の鉄損測定分布は異なっています。また、鉄損の大小によって磁気特性は変わるはずですが、そういうことは考慮せず後処理的に鉄損を求めているという点で、将来のより実際に近い高精度の鉄損計算には力不足です。

方法2は、ヒステリシス磁場解析を行い、そのループ面積から鉄損を求める方法です。弊社はμ-MFという3次元磁場解析パッケージでプライザッハモデルを使ったヒステリシス解析を実現しています。これには磁性体のヒステリシス特性(多数のマイナーループ)が必要で、その情報に沿って各要素毎にヒステリシス履歴を計算します。ヒステリシス特性という非線形磁気特性を考慮しながら磁場解析を行う点で方法1より優れています(計算時間はかかりますが)。ただし、現状ではスカラ磁気特性解析になります(異方性は考慮できますが)。

方法3が提唱したいベクトル磁気特性解析技術です。モータや変圧器の内部では場所ごとに交番・回転磁束が発生しています。そこで鋼材試料の交番・回転磁束ベクトルに対する磁界強度ベクトルを磁気特性データ化してしまいます。その情報に沿ったベクトル変化の計算結果は、実際の磁気状態を忠実に再現しています。この計算結果からヒステリシスカーブも忠実に描けますので、高精度の鉄損分布が得られるのです。

スタインメッツの鉄損式

Fig8 スタインメッツの鉄損式

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9.プライザッハモデル -ヒステリシス磁場解析の為の-

前章のプライザッハ(Preisach)モデル、お耳にしたことがありますか?これはヒステリシス磁場解析を行う為のしくみ(モデル)の一つです。磁性体は磁場を掛けると磁化しますが、磁場を取り除いても磁化が残ります。これがヒステリシス特性で、ヒステリシスカーブ(B-Hのループ曲線)で表されます。外部磁場によってどのくらい磁化が残るのかとか、ヒステリシスループ面積から鉄損を求めたりします。

プライザッハモデルのしくみの概要ですが、

しくみ1:飽和磁場±Haの範囲に磁化量Mを定義した関数を考えます(H=0付近が大きい)。この関数は磁性体種毎の多数のマイナーループ測定データから作ることが出来ます。

しくみ2:- HaからHまで上記Mの分布を積算したものが、磁場Hの時の磁化Mになります(こうすると磁化曲線H-Mは、最初緩やかで、H=0付近で急上昇し、最後緩やかになり実際に近くなります)

しくみ3:磁化量Mの分布は測定されたヒステリシスカーブから算出する事が出来ます

しくみ4:磁場が減少する時は少し工夫があります(実は分布は2次元的になっていて、増加時は右方向に、減少時は下方向に、積算する境界が変わります)(詳細はお問い合わせ下さい!)

プライザッハモデルを使うと、例えば、ある磁場から増加し、また元の磁場に戻るときのマイナーループ曲線を計算する事も出来ます。最近よく耳にするプレイモデルも基本は同じしくみで、さらに発展させたものと考えられます。

弊社では3次元FEMソフトμ-MFに実装しています。測定されたヒステリシスカーブがあれば、非常に簡単に、かつ安定的に計算する事が出来ます。実績的には、残留磁化の環境磁場への影響解析や、鉄損解析に利用されています。

プライザッハモデル

Fig9 プライザッハモデル

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10.E&Sモデルとプライザッハモデルの違いは

弊社が扱っている2次元ベクトル磁気特性解析ではE&Sモデルというアルゴリズムが使われています。榎園先生らが開発し現在でも研究中です。こちらもヒステリシス解析が出来ますがプライザッハモデルと、どこが違うかのお話です。

電磁鋼板のような材料では等方性であっても圧延方向と直角方向でわずかに透磁率が異なっています(異方性)。さらに磁界が回転している場合は、HベクトルとBベクトルは向きがズレていて、回転角度と共にズレ量が変化します、これがベクトル磁気特性です。E&Sモデルは、この特性を考慮でき、結果的に複雑なヒステリシスカーブも計算できます。これに対してプライザッハモデルは、HベクトルとBベクトルが同じ向きと仮定しているスカラ磁気特性モデルです。この範囲でヒステリシスカーブを計算する手法になります(ベクトルプライザッハモデルは現在研究中です)。

プライザッハモデルでも、磁場が一方向に変化する場合などはヒステリシス損も含めて精度よく計算できます。しかし、例えばモータヨークには回転磁界が発生しますので、ヒステリシス損や損失分布を高精度に解析するためには、ベクトル磁気特性まで考慮する必要があります。この時にE&Sモデルが能力を発揮します、まさに「モータの低損失・高効率化」に向けた解析技術なのです。

E&Sモデル

Fig10 E&Sモデル

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11.高速回転モータの現状と技術課題

第25回MAGDAコンファレンス(Magnetodynamics Conference、2016/11/24,25)という電磁気研究会が桐生で開催されました(主催は日本AEM学会)。榎園先生の「高速回転(HS)モータの現状と技術課題」の発表を皮切りにベクトル磁気特性関連の発表が集中してありましたので取り上げます。

モータを小型・軽量化してかつ低損失・高効率を目指す要求に対して、近年世界のトレンドは高速回転モータへ向かっているようです。以前書きましたが、モータ出力は、体格・磁束密度・励磁電流・回転数に比例しますが、体格を小さくしたいので磁束密度を上げるか回転数を上げるという方向です。ところが回転数を上げると鉄損が増えてしまいます。渦電流損が回転数の2剰で増加するのです(ヒステリシス損は比例です)、ここは電磁鋼板をさらに薄く0.05mm等にしてこちらはひとまず改善。こうなると残るヒステリシス損の軽減策が重要ポイントになるわけです。

結局ベクトル磁気特性解析の話に帰着するのですが、実測に即した磁束密度・磁界強度のベクトル磁気特性結果から得られる鉄損分布の情報を基に、数多くのケーススタディの結果、鉄損低減に成功したとしています。具体的には、100W程度のモータで、10,000rpm(500Hz励磁)運転時、板厚0.08mm材は0.35mm材に比べ鉄損が45%低減したという事で、ヒステリシス損の更なる低減は大きな効果が期待できるという事です。

Ultrathin electrical steel sheet

Fig11 Ultrathin electrical steel sheet

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12.ビルディングファクタ?

モータの鉄損増加要因には様々のものがありますが、ベクトル磁気特性に関わる大きな要因が、鉄芯の回転磁束と製造工程で発生する磁気特性の劣化です。製造工程には、打ち抜き、積層、巻き線挿入、フレーム挿入がありますが、最終的に電磁鋼板の鉄損値の3~5倍にも増加してしまいます。この増加率をビルディングファクタと言い、これを下げることが高効率化の目安とされます。最も大きな劣化は打ち抜き時で、次に積層時のカシメやフレーム挿入時の締めつけ等で、鉄芯に残留応力が加わることが原因のようです。従って積層工程前後で適切な歪み取り焼鈍を行うなど、ビルディングファクタを下げる製造工程の開発が重要になります。

ベクトル磁気特性解析では、回転磁束による鉄損増加が解析できますが、応力の影響も考慮した解析が研究・報告されています。弊社のベクトル磁気特性解析ソフトはまだ前者にとどまっていますが、将来可能に向けて努力していこうと考えています。

製造過程での鉄損増加

Fig12 製造過程での鉄損増加

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13.測定器メーカとの協業へ!

電磁鋼板の回転磁束下の磁気特性も、製造工程における残留応力・磁気特性も、最も重要なことは実測して把握できることです。シミュレーションも実測があってこそ威力を発揮します。そこで、ベクトル磁気特性解析技術をさらに発展させるために、測定器メーカ(メトロン技研(株))と協業する事になりました。

メトロン技研様(本社:大阪市北区堂島)は、「計測制御」の蓄積ノウハウを生かし、お客様のニーズに合わせた計測システムのインテグレーションに多くの実績を持つ会社です。多くの測定器・制御器のラインアップがありますが、例えば交流磁気テスターはスカラーヒステリシス特性を取得でき、JMAGへのデータ取り込みが可能です。ベクトル磁気特性関連でも、ベクトルBHテスターは回転磁束下のベクトル磁気特性・鉄損を測定でき、さらにμ-E&Sのデータベースへの取り込みが出来ます。また、ビルディングファクタに対応した様々な測定枠(圧縮引っ張り荷重機能付き、加熱機能付き、ステータコア対応等)も用意されていて、実測による把握に威力を発揮します。

ベクトル磁気特性技術は、μ-E&Sの解析技術とメトロン技研様の測定技術の相乗効果によって、これから大きくモータの低損失・高効率化の開発にお役に立てると考えています。

ベクトルBHテスタ

Fig13 ベクトルBHテスタ

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14.ダイナミックE&Sへの展開

これまでベクトル磁気特性解析について述べてきましたが、このアルゴリズムはスタティックE&Sモデルというアルゴリズムで構成されています。ベクトル磁気特性測定装置で測定されるのは、磁束密度ベクトルを正弦波励磁した時に発生する、歪んだ磁界強度ベクトル波形になります。しかも測定は50Hzの励磁ですので、50Hzによる渦電流も考慮された波形になります。この磁束密度Bベクトルと磁界強度Hベクトルを使って、x成分Y成分それぞれのヒステリシスカーブが描けます。このヒステリシスカーブは50Hzの渦電流の影響も含んでいますので、ヒステリシスカーブの面積積分は50Hzの鉄損(ヒステリシス損+渦電流損)になります。

そこで課題となるのが、50Hz以外の周波数の時の鉄損です。実機ではもっと高い周波数での利用が考えられます。そしてもう一つの課題が、歪磁束密度波形への対応です。磁束密度は正弦波励磁されているというのがスタティックE&Sモデルですので、歪磁束密度波形の基本は成分を取り出しデータベースを参照していました。この二つの課題に対応するのがダイナミックE&Sモデルです。

ダイナミックE&Sモデルでは、古典的渦電流モデル(薄板中の渦電流をモデル化)を使って、使用周波数の渦電流による磁界強度を算出し補正します。また歪磁束密度に対しては、高調波成分に分解しその周波成分における渦電流の影響を算出し補正します。こうしてより実際に近いベクトル磁気特性関係をシミュレーションできるようになります。

ダイナミックE&Sモデルは、μ―E&Sのグレードアップとして近々組み込んで行きます。

ヒステリシスカーブの周波数依存性

Fig14 ヒステリシスカーブの周波数依存性

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15.ベクトル磁気特性の見える化への展開

従来のスカラ磁気特性解析で利用される磁気特性はBHカーブです。磁性体内部のある方向に対して、磁界強度と磁束密度の関係をチャートにしたものです。このチャートを見ると、初期透磁率の立ち上がり具合や、飽和磁束密度の大きさやその時の磁界強度の大きさで、磁性材料の特性が把握できます。

これに対してベクトル磁気特性ではベクトルになるので少々複雑です。磁束密度ベクトルは交番磁束から回転磁束を考えます、この時の磁界強度ベクトルが対の情報に成っています。1:回転磁束の最大値と最小値の比を軸比αと定義し、α=1は真円、α=0は交番磁束としてパラメータ化出来ます(交番磁束の時も、磁界強度は膨らんだループを描く事がある事を、ちゃんと表現できます)。2:磁束密度の最大値ベクトルが、電磁鋼板の圧延方向(RD方向=ローリングダイレクション方向)から何度反時計方向に向いているか、これが傾角θBです。3:磁束密度の最大値が0.1Tの時と1.6Tでは磁界強度波形が異なります、これがBmaxパラメータです。4:磁束密度ベクトルが回転していくと、磁界強度ベクトルは先行したり遅れたり追随します、この開き角がθBHです。5:そして、周波数fが変化すると新たな関係が求まります。データベースには50Hzの特性だけが保存されていますが、この情報からダイナミックE&Sモデルを使って周波数特性が求まります。以上5つのパラメータが考えられます。

モータや変圧器の各場所に回転磁束や交番磁束が発生しています。各場所ごとに先のパラメータが当てはまり、磁界波形が推定されます(鉄損が推定できます)。逆に各パラメータごとに鉄損特性が見える化出来れば、鉄損が大きくなる原因を推定する事に繋がっていきます。BHカーブから飽和回避の考察が出来たように、鉄損低減の考察が可能になると期待できます(今後ホームページの技術情報で発信していこうと考えています)。

様々なパラメータによる鉄損低減検討

Fig15 様々なパラメータによる鉄損低減検討

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